指揮者
後藤指揮者
練習曲目
<定期演奏会>
1. レナータ
2. 武蔵野の秋
3. クラリネット協奏曲
4. 初恋
5. ヴィリアの歌
6. いのちを紡ぐ歌
7. メモリー
8. ひまわり
9. 私のお気にいり
10. サンライズサンセット
11. エーデルワイス(みんなで歌おう)
12. 鳥の人
13. 踊り明かそう
14. ラストダンス (アンコール曲)
15. ウイーンはいつもウイーン(アンコール曲)
☆今日は早春の穏やかな一日でした。今日の指揮者・団員の出席者は20名でした。
☆15年前の2011年3月11日 マグニチュード9.0の巨大東日本大震災が発生し これに伴う
福島第一電子力発電所事故を誘発し大災害になったことは皆様の記憶の中に鮮明に残っているのでは
ないでしょうか ※死者19,775人 行片不明者2,250人(総務省発表)
☆今年5月10日(日)のヴィヴァマンドリーノの定期演奏会において、東日本大震災からの復興への願いが
込められた武藤理恵作曲<いのちを紡ぐうた>の楽曲をマンドリンの繊細な音色で想いを込め演奏したいと
指揮者・団員一同は日々練習を重ねています。
☆今日はヴィヴァマンドリーノ楽団の前身であるマンドリンサークルの創始者片桐三郎さんをご紹介いたします。
実名掲載については本人の了解を得ています。(下記に掲載)お時間のある時にご覧ください。
今日は常任指揮者である後藤忠之さんの第23回目の音楽講座を掲載いたします。
職員室で渡された難解なスコアを読んでいると、程なくして生徒がやって来た。「お迎えに上がりました。」
僕は出されていたお茶を一気に飲み干し、生徒と音楽室に向かった。静まり返った音楽室のドアを開けると、
そこには50人の吹奏楽部員が準備万端で僕の到着を待っていた。
50人の生徒の100個の目がピュアな眼差しで僕を見つめている。内心ドキドキしながらも指揮台に立ち挨拶をする。
生徒たちはもう結構長い時間曲の練習をしているが、こちらは初見である。
僕が振り間違えればすぐにばれてしまうだろう。奇数拍子の、しかも変拍子の曲はやたらに振りにくい。
ヒヤヒヤしながら間違えないように曲を進めながら、演奏に問題がある時は、どこに問題があるのかを的確に
指導しなければならない。中学生はまだあどけない部分と大人になりかかっている部分が同居している感じで、
その演奏は魅力的でかなり面白い。また僕の指摘に対する反応も素早く、結果としてとても楽しく仕事が出来た。
そんな仕事をたびたびこなしている内に、初見能力がかなり高くなった。
吹奏楽の曲はオーケストラの曲に比べて最近の物が多く、30段のスコアや不協和音、変拍子は珍しくないらしい。
また僕が教えに行くのはコンクール前のことが多く、難しい曲を指導することが多かったのも、その後の
指揮者としての仕事に大いに役立った。
ある日僕の仕事場に、とある吹奏楽団の方がやって来て、テーブルにドサッとスコアをたくさん置いて、
「2週間後が本番です。振ってください。」ずいぶん突然な話である。 続く。
片桐三郎さんについて
ヴィヴァマンドリーノ楽団は 今は亡き片倉武氏の主導により1989年に誕生しました。
ヴィヴァマンドリーノの前身であるマンドリンサークルの創始者 片桐三郎さんの音楽歴等を
インタビューしましたので掲載いたします。
片桐 三郎さん 昭和6年生まれ、現在ご自身自慢の95歳 長野県で生まれ 現在 湖北地区在住
15歳からマンドリン演奏開始、誰から教えられることもなく独学演奏、現在まで至る。マンドリン歴80年。
音楽家庭環境に恵まれ 父親:三味線・ヴァイオリン堪能 兄:ギター・ヴァイオリン堪能
お兄さんの経営する理容所では常にギター等の楽器がおかれ、お客様に演奏をお聴かせしていました。
片桐さんは約100曲 暗譜されていて 演奏依頼すると瞬時に想いだし演奏されます。
<湯の町エレジー>・<丘を越えて>・<東京ラブソデイ>・<影を慕いて>など等。
今までの活動:若い頃 名古屋で会社の近くの楽団に所属し、施設や刑務所等 慰問演奏活動の経歴があります。
※エピソード :名古屋で某刑務所に慰問演奏に訪れたとき、受刑者から「サブちゃ~ん」と声をかけられ、
振り向くと知り合いの男の人でしたと 片桐さんから笑顔で話していただきました。片桐さんは受刑者の方
からも親しまれる温厚で気さくなお人柄です。
片桐さんはお元気で今まで入院したことはなく、今も地域の老人会やボランティア等でマンドリンの
ソロ演奏活動中です。移動は自転車や徒歩で自由自在です。
片桐さんには毎年ヴィヴァマンドリーノの定期演奏会には来場いただいています。
片桐三郎さんという存在があったから 片倉武さんへバトンが渡され 今のヴィヴァマンドリーノに
繋がってきたように想われます。 以上です。
