指揮者
後藤指揮者
練習曲目
1. レナータ
2. 武蔵野の秋
3. クラリネット協奏曲
4. 初恋
5. ヴィリアの歌
6. いのちを紡ぐ歌
7. メモリー
8. ひまわり
9. 私のお気にいり
10. サンライズサンセット
11. エーデルワイス(みんなで歌おう)
12. 鳥の人
13. 踊り明かそう
14. ラストダンス (アンコール曲)
15. ウイーンはいつもウイーン(アンコール曲)
☆今日は温かな春の日でした。
☆今日は出席者指揮者・団員25名でした。定期演奏会の楽曲の時間測定をしました。
次回3/28は賛助のパーカッション担当者とベース担当者が参加予定です。
☆ヴィヴァマンドリーノの楽団は日々楽器演奏に励んでいます。芸術の中にも色々あります。その中で
音楽と絵画は聴覚と視覚という異なる感覚ながら感情や情景を表現し、互いに影響を与え合い、共鳴しあう
深い関係があると言われています。
☆2025年末に新宿のSONPO美術館のモーリス・ユトリロの美術展に行く機会がありました。
☆今日は画家モーリス・ユトリロについてはご存じの方も多いと思いますが少しご紹介をしたいと思います。
モーリス・ユトリロは1883年~1955年
(1883年: 明治16年 日本では鹿鳴館が開館し欧化政策が推進された年です。)
ユトリロはフランスのパリ モンマルトルにて私生児として生まれ 53歳で結婚(12歳年上の女性と結婚)71歳で他界。
生涯を通じてパリを愛し 孤独の画家として パリのモンマルトルの風景を描きました。
ユトリロは若くして(17歳の頃) にアルコール依存症で精神病院に入退院を繰り返し、生涯アルコール依存症に
苦しみ、治療の一環として絵画を描き続けたそうです。
絵画の白の時代:白を基調として独特の画法でパリ モンマルトルの街並みの絵を描きました。
絵画の色彩の時代:1920年頃には色彩豊かな風景を描きました。
ユトリロの心の拠り所であった絵画のなかで どちらかと言えば その頃の時代では哀愁を帯びた白の時代の絵画が
高い評価があったようです。
親からの愛情不足や私生児としての境遇から孤独感が作品に影響したとも言われています。
絵画を観る人の心や受けとめる感情は様々ですがユトリロの人生を知ると白の時代・色彩の時代のそれぞれの
絵画に感動を覚えます。
音楽と絵画は人の心を穏やかにしたり、感動に導いたり不思議な力があるようです。
音楽と芸術については機会があれば後藤指揮者からご教授を戴きたいと思っています。
2026年もユトリロ美術展をはじめ他の多くの美術展などが日本で計画されているようです。
今年も音楽の旅・絵画の旅を楽しみませんか。 ※一部Wikipedia参照
今日は常任指揮者である後藤忠之さんの第25回目の音楽講座を掲載します。
音楽をするには影の努力が必要である。楽器の場合は練習がそうだろう。指揮者の場合はスコアを読むことは
当然だが、それだけでは仕事にならない。目の前の楽団からメンバーの実力を引き出し、作曲家が作った音楽を
構築しなければならない。どんなに実力がある指揮者でも、楽団から嫌われてしまったら、いい音楽は出来ない
だろう。とはいえ、楽団に迎合しても結果は同じである。多くの指揮者はいわゆる下振り時代にその辺の
バランスを鍛えるのだろう。僕の場合、高校でクラリネットを始めた翌年からコンサートマスターとして先生の
代わりに練習を指揮することになり、その後所属したオーケストラでも、指揮者が海外に行っている間などに、
団内指揮者として練習をまとめ、イギリスから戻った後は多くの学校で指導にあたった。これらは全て下振りで、
今から思えばずいぶん恵まれた環境でいつの間にか鍛えていただいたんだなぁとつくづく思う。
下振りは当然本番は振らないので、努力や功績が本番の指揮者に持って行かれてしまうような辛い立場だが、
結局それが肥料になって不思議なことにある時突然開花する。
僕の指揮者デビューはいつかと問われたら、前述した、演奏中に頭の中で何かが弾けた瞬間になるのだろうが、
公式にはそのあとに行われた演奏会にしている。ムソルグスキーの組曲展覧会の絵がメインプログラムだった。
続く。
